熱視線の先にあるもの

人は瞳孔を開いている相手を見ると、自分を好きだと無意識に認識するようだ。

やはり人は、自分を好きになってくれる人が好きなのだろうなぁ…。
一方の瞳孔が開いているから、自分もそれに応える様に好きになる。

私は恥ずかしくなる位、体が硬直する位「見つめる」異性がどうも…好き。
男性に「見つめられて」始まった恋愛が、自分にとっての「究極の恋愛」になった経験があるからなのですが…。
その人は、決して自分から目を逸らさない人だった。目が合うと、みつめ合ったままで、私が余りの恥ずかしさに根負けして目を逸らさなければ、そのまま何かが始まりそうな笑、大げさではなく…。「電流」の様な眼差しだったなぁ。

私は、
視線が合わない=愛がない(関心がない)。
だと思っています。
好きな男性が「見てくれる人」かという事にも凄く敏感で。
きっともう、「見てくれる人」じゃないと好きにならないでしょう。

「愛は美に流れる」という言葉もある様で。
人間の本能として、美はかならず快であり、美に憧れ吸い寄せられ、美に引き込まれるというもの。
美には圧倒的な力があるようです。
やはり「輝き」を見たら人は惹きつけられるのですよね…。
古今東西、女性は光り物が好きだし笑、男性はやはり女性が好き。

薄っぺらな人生を送っていたんじゃ駄目だな、と強く思います。
やはり美しい人格が外面に現れるものだし、容姿と内面は切り離せないと思うのです。
内面というのは隠していても滲み出てくる…、日々周囲の人を見て痛感している事で、
私は、「心の美」を得ようとする事で、誰もが美人に近づけると信じています。誰もが。
そう。やはり美とは心の領域のもの、「求める行為」だと思うのです。
美しくなった人を見ると、「外面まで美しく変えてしまう心があったんだな。」と内面を賛美します。

人間は、進化し成長する事で美しくなるものだと信じているので、
30歳より40歳の人が、単純な人より複雑な人が、自信のない人よりある人が、「美しい」と思います。

「もっとより良くなるよう」心を磨く事。
私の周りの美しい人は常にこれをやっています。上手いというか。
進化を止めないのですね。安心しないというか。
美を求めてやまない心が、崇高な雰囲気(=輝き)を作り出し、人を惹きつけるのだとも思います。
美はこれほどまでに人間の本質であるにも関わらず、
それを実際する人って、なかなか居ないのではないかと思います。

常に向上心を持って。
人として、女性として、「輝く」(惹きつける)存在になれたら、と思う。

男性は本能で見るVS女性は「進展させたい」という思いがないとなかなか見ない…。
というか…。
この恋、どうなるの??笑。